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トピック

縄文世界の風土と人との出会いvol.2 星ヶ塔の守り人

コラム
縄文世界の風土と人との出会いvol.2 星ヶ塔の守り人



昨年、同サイトにて「旅する黒曜石」と題してコラムを書いた。文字通り、人の手を介して旅する黒曜石を追いかけたわけだが、最後に行き着いたのが原産地である長野県長和町の星糞峠だった。
詳しくはこちらをお読みください

実は星糞峠の他にもうひとつ、代表的な原産地がある。それが、今回訪れた国史跡星ヶ塔黒曜石原産地遺跡である。

発見は古く、大正時代には地元の人たちの間では知られた場所だったという。1920年、考古学史上著名な研究者である鳥居龍蔵によって調査されたことを皮切りに、昭和には、これまた縄文研究では外すことができない人物、藤森栄一氏によって調査が行われる。そして平成と断続的ではあるが調査が続けられた。
平成の調査を担ったのが今回案内をいただいた下諏訪町教育委員会 諏訪湖博物館館長の宮坂清さんである。

一見するとちょっぴり強面の宮坂さん同様、屈強な4WD車に乗って林道をガタガタとあがっていく。遺跡の場所はおよそ標高1500mにあり、そこに車を止め説明を聞いた。





およそ3万平米の遺跡範囲に、黒曜石採掘跡が193個あるという。

さて、それをどうやって見つけたのか。

すべてを機械で見つけるのではない。機械の力も借りながら、ひとつひとつ、宮坂さんが歩いてその場所を確認していくのである。
遺跡内を歩いていると、地表面にキラキラと光る無数の黒曜石と、クレーター状にぼこっとしたくぼみが連なって不自然に波打つ場所があるという。それは黒曜石を採掘するために縄文人が掘り上げた土によって作られる人工的な地形で、そうした場所をとにかく探すのである。
内2つのくぼみを調査した結果、縄文時代前期と晩期の採掘坑であることがわかった。どうして時代がわかるのかといえば、土の中から土器の破片が見つかったのである。土器は時代によって模様が異なるため、時代を判別する物差しになる。見つかった土器片を調べると、内側に焦げた跡があり、どうやら採掘現場のそばで煮炊きしたものを食べながら仕事をしていたようだ。

「ここが晩期に縄文人たちが採掘していた穴です」





宮坂さんに促されるように恐るおそる穴を覗き込む。調査のために掘られた穴は3m×3m。最も深いところで、地表面から4.3mにもなる。その真ん中にうっすらと光る石の塊があった。

「これが、彼らが掘り残した黒曜石の跡です」

「え?掘り残したってどういうことですか?わざと残したんですか?」

「いや、そうではありません。縄文人は黒曜石岩脈を手当たり次第に掘っていたわけではないんです。割れやすい部分を、ハンマー・ストーンなどを使って崩すようにして掘り進んだ。ところが岩脈の上面から1mほど掘ったところで硬い面に当たってしまったため、採掘を断念したんだと思います」





掘り残された黒曜石の柱には、ガリガリと無数の傷がつけられていた。縄文人がなんとかしようと付けた傷である。生々しさに息を飲む。硬い面にぶち当たった彼らは、さぞや悔しかったことだろう。
試算によれば1300キロの黒曜石をこのひとつの穴から掘り出していたのではないかと考えられている。物凄い量だ。

「採掘していた人は、採掘した黒曜石を把手のついたカゴ(バケツのようなもの)に入れ、地表面にいる人は、それを傘の柄のような形の木に引っ掛けて受け取っていたと想像しています。二人1組の作業も、この深さが限界だったのではないでしょうか」

と宮坂さんはいう。自身の発掘作業の経験に基づく類推を聞かせてもらったのだが、宮坂さん、本当は縄文人の作業風景を木の影から見ていたんじゃない?と思うほど詳細なイメージにわたしは感心してしまった。





ところで、この採掘に携わった人たちはどこに暮らしていたのだろうか。実は縄文晩期、この原産地の周辺に人が暮らした痕跡がない。

「山梨県北杜市の金生遺跡に、選別されずにここから運ばれたかなりの量の原石が見つかっています。距離にしておよそ40キロメートル。沢をつたい、金生の人たちがここまでやって来て、採掘に深く関わっていたんじゃないかなと考えています」

宮坂さんの頭のなかには、縄文人たちが仲間と共に星ヶ塔に登り、意気揚々と黒曜石を採掘している姿がありありと浮かんでいるに違いない。
時空を超え、彼らが残した黒曜石を通して縄文人たちと会話する宮坂さん。諏訪大社下社秋宮のそばに、星ヶ塔ミュージアム矢の根やがある。是非とも星ヶ塔の守り人、宮坂さんの口を通して彼らの息吹を感じてほしい。




下諏訪町教育委員会 諏訪湖博物館館長の宮坂清さんと


●施設情報

星ヶ塔ミュージアム矢の根や
〒393-0000 長野県諏訪郡下諏訪町3289


●取材中に立ち寄りました!

二十四節氣 神楽 -Kagra-
「この場所でしか味わうことのできない、そして私たちにしか作ることができないお料理を通して、信州の風土を五感で味わっていただきたい。」という店主の想いでオープンしたという、ハレの日にぴったりの御膳を味わえるお店です。神楽オープン当初からの定番は「神楽御膳」で汁物は信州能平汁か各節氣の汁物が選ぶことができます。
住所:〒393-0015 長野県諏訪郡下諏訪町立町3571



文筆家 譽田亜紀子(こんだあきこ)。奈良県橿原市の観音寺本馬土偶との出会いをきっかけに、各地の遺跡、博物館を訪ね歩き、土偶の研究を重ねている。また、各地の文化財をわかりやすい言葉で伝える仕事を多く手がける。テレビやラジオに出演するかたわら、トークイベントに参加するなど文化財の魅力を発信し続けている。

著書に『はじめての土偶』(2014年/世界文化社)、『にっぽん全国土偶手帖』(2015年/世界文化社)、『ときめく縄文図鑑』(2016年/山と渓谷社)、『土偶のリアル』(2017年/山川出版社)、『知られざる縄文ライフ』(2017年/誠文堂新光社)、『土偶界へようこそ―縄文の美の宇宙』(2017年/山川出版社)、共著『おもしろ謎解き『縄文』のヒミツ』(2018年/小学館)、共著『折る土偶ちゃん』(2018年/朝日出版社)がある。


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