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トピック

「旅する黒曜石」Vol.6 掌の中の宇宙 星糞峠へ<後編>

コラム
「旅する黒曜石」Vol.6 掌の中の宇宙 星糞峠へ<後編>


その前に、30年以上星糞峠の発掘にかかわっている長和町の学芸員大竹幸恵さんに話を聞くことにした。場所は星くずの里たかやま黒耀石体験ミュージアム。入口を入ると地元のお母さんたちお手製の黒曜石グッズが並び、その奥へと進む。

長野で黒曜石の利用が始まったのはおよそ3万年前。旧石器時代といわれる時代である。旧石器時代には石器づくりをする大きなムラが登場し、中でも男女倉遺跡群で作られた黒曜石の石器は関東地方の広い範囲で見つかっている。

こうして旧石器時代からスタートした黒曜石を使った石器作り、そして他の地域との交流は縄文時代に引き継がれ、原産地では黒曜石の採掘も行われるようになっていった。



中でも前述の星糞峠は数千年に渡って掘り続けられた。その痕跡は中央部分が凹っとしたクレーター状の窪みとなって現在まで存在している。なぜそんな形状をしているのか。

縄文人が黒曜石の原石を含む地層を追って地中を必死に掘り進め、地上に放りあげた土が積み重なってできたものだった。その厚み5m以上。下手をすればその土砂が崩れ、自分も仲間たちも生き埋めになってしまう危険がある。そこで、彼らは考えた。

「土留めをすればいいんじゃない?」

こうして3,500年前には土砂崩れを防ぐための木柵が作られ、それがそっくりそのまま見つかっている。



何がそこまで彼らを虜にしたのだろうか。確かに良質な石器は日々の暮らしには欠かせないし、ほかの集落との交換財にもなる。だとしても、数メートルも地中深くに掘り進んで採取しなければならないものだったのだろうか。
縄文人のやることに現代人の理屈は通用しないと書いたが、これもまたそのひとつだと思った。命に代えても欲しい黒曜石の原石って、いったい何だろう。それは本当にただの石だったのだろうか。
そんなことを考えていたら、大竹さんが「これは縄文人が掘り損ねた黒曜石なんだけれど」と言って、大きな原石を見せてくれた。
それはいかにも原石といった塊で、手にするとヒヤリと冷たかった。上からまじまじと塊を覗き込んだ瞬間、私は、

「あ、ここに宇宙がある」

と思った。



一見すると黒い塊なのに、中まで透けて見える、その不思議さ。それは縄文人にとっても同じことで、黒曜石をみながら、頭上にある漆黒の夜空を石に投影したのではないだろうか。手の届かないところにあるものだと思っていた宇宙が、違う形(黒曜石)となって地中深くに存在している。その石を掘り出して割ってみると、頭上に瞬く星のようにポロポロとそこらじゅうが瞬き煌く。この石は宇宙の煌きであり、大地が作り出した掛け替えのない恵みなのだ。

原石を覗き込みながら、そんなイメージが私の頭に浮かぶ。事実はまったくわからないが、ただの良質な石材だ、という以上の思いを、縄文人たちはこの石に抱いていたのではないか。だから、命の危険を顧みず掘り続けた。そして、それを求めて多くの縄文人が行き交った。



最後に雪の中の黒曜石鉱山に赴いた。雪の間から、黒曜石の破片がキラリと光る。自然と目線は地面に落ち、きらめきを探してしまう。きっと、縄文人も同じだったはずだ。

彼らの採掘を追いかけて鉱脈を発掘する大竹さんは、縄文人が乗り移っているとしか思えないほど活き活きとして峠を歩く。縄文人が歩いたであろう場所を私も歩く。

雪が解け、光が強くなるころだったら、光輝く星糞峠が見られるかも知れない。次はそれを見にこよう。

黒曜石を巡る旅は、こうして終了した。
もし、星降る中部高地の遺跡旅をしようと思うのであれば、各施設の担当者たちに話を聞いてほしい。彼らは今を生きる縄文人たちなのだから。


● 施設情報



星くずの里たかやま黒耀石体験ミュージアム
住所:〒386-0601 長野県小県郡長和町大門3670-3



文筆家 譽田亜紀子(こんだあきこ)。奈良県橿原市の観音寺本馬土偶との出会いをきっかけに、各地の遺跡、博物館を訪ね歩き、土偶の研究を重ねている。また、各地の文化財をわかりやすい言葉で伝える仕事を多く手がける。テレビやラジオに出演するかたわら、トークイベントに参加するなど文化財の魅力を発信し続けている。

著書に『はじめての土偶』(2014年/世界文化社)、『にっぽん全国土偶手帖』(2015年/世界文化社)、『ときめく縄文図鑑』(2016年/山と渓谷社)、『土偶のリアル』(2017年/山川出版社)、『知られざる縄文ライフ』(2017年/誠文堂新光社)、『土偶界へようこそ―縄文の美の宇宙』(2017年/山川出版社)、共著『おもしろ謎解き『縄文』のヒミツ』(2018年/小学館)、共著『折る土偶ちゃん』(2018年/朝日出版社)がある。
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