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トピック

「旅する黒曜石」Vol.4 ビーナスがいるムラの黒曜石

コラム
「旅する黒曜石」Vol.4 ビーナスがいるムラの黒曜石


私は縄文時代に作られた遺物の中でも、ことさら土偶が好きだ。だから、国宝「縄文のビーナス」に会いに、何度も茅野に足を運んでいるし、彼女に関して、いろんなことを知っていると思っていた。

ところが今回、目玉が飛び出るかと思うほど衝撃的な話を尖石縄文考古館館長の守矢さんから聞くこととなった。もちろん、守矢さんも、縄文時代にタイムトリップをして事実を確認したわけではないから、真実かどうかは定かではない。定かではないが、土偶の新しい見方を教えてくれたことには間違いがない。



前置きが長くなった。
守矢さんの話によると、黒曜石の鏃が多く使われたのは、縄文時代前期と後期だという。つまり自然環境が安定し、森に食料が豊富にある中期の頃には、あまり鏃は使われなかったということになる。もちろん、シカやイノシシなどの動物を狩っていたことには違いないけれど、それ以上に、森の恵みに頼る生活を送っていた、ということだろう。

じゃあ、中期の遺跡から黒曜石は見つからないのかというと、そんなことはない。縄文のビーナスが見つかった棚畑遺跡でも見つかっている。

どんな状況だったかといえば、住居の柱の穴の中に、黒曜石が貯めてあったというのだ。
貯めてあるっていったいどういうことなの……?



「黒曜石にかかわる仕事をしていた人の家なのでしょう。一軒で消費する以上の黒曜石がありました」
ここには鏃をつくる人が住んでいたと考えられるのである。だから柱の穴に貯めていたのか。
黒曜石に係る集落にはいくつかのパターンがある。原産地からの中継地点となったり、加工や消費する集落だったり。それらは、見つかる黒曜石の状態から判断される。原石に近いものが多かったり、加工した後の屑がたくさん見つかったりする。発掘調査に携わる人たちは、それらを丹念に調べて、縄文人と黒曜石の足取りを掴もうと調査に挑む。
では棚畑遺跡はどうだったかというと、鏃加工に優れた人がいた集落だったのではないかという。

「キラキラと輝く女神がいる集落で作られてる鏃なんだから、きっと、ほかの集落で作られる物よりも、効力があるんじゃないか」

と言って、集落に人が訪れていたのではないかと守矢さんは話してくれた。
つまり、縄文のビーナスは、いわゆる棚畑集落における「集客アイコン」になったということになる。
今でも「あの人が良いと言ってるんだから、この商品は良いに違いない」ということは普通にある。ましてや、呪術に彩られた縄文時代である。縄文時代中期の中部高地では、あらゆるところで土偶は作られている。しかし、ビーナスほどの大きさと完成度の高さとキラキラ感、それなのに人を包み込むような優しさを併せ持ったものは他にはない。その評判は周囲の集落にも知れ渡っていたことだろう。



山梨県南アルプス市にも、ビーナスにそっくりな顔をした土偶の頭部がある。初めて見た時には「八ヶ岳周辺の流行りの顔だったのかな」と単純に思っていた。しかし、守矢さんの話を聞いて、違う考えも浮かぶ。黒曜石の鏃を手に入れるため、ビーナスムラへと旅をした南アルプスの縄文人が、実際に見たビーナスが忘れられなくて、自分の集落に帰ったあとに作ってみた、ということはないだろうか。

透明度が高く、超絶技巧を施した黒曜石は、それだけである種の威信財となる。そこに、ビーナスという特別な存在が付加価値としてついていたならば、棚畑集落には人は押し寄せたことだろう。
まったく想像もしなかった話だけれど、黒曜石を追うことで、別の側面から縄文のビーナスを知ることができた。と、同時に、縄文人たちの暮らしの実態に少し近づいた気がした。私が思うよりも、彼らはもっと現実的な人たちだったのかもしれない。




● 遺跡情報



尖石遺跡
茅野市尖石縄文考古館
住所:〒391-0213 長野県茅野市豊平4734-132


● 取材中に立ち寄りました!



信州手打ちそば 蓼科庵 (たてしなあん)
地元の方にに愛されている手打ち蕎麦処です。季節には旬の材料を用いた季節限定そばメニューもあります。蕎麦は売り切れになり次第、営業が終了となります。
住所:〒391-0216 長野県茅野市米沢3874-1(ビーナスライン沿い)



文筆家 譽田亜紀子(こんだあきこ)。奈良県橿原市の観音寺本馬土偶との出会いをきっかけに、各地の遺跡、博物館を訪ね歩き、土偶の研究を重ねている。また、各地の文化財をわかりやすい言葉で伝える仕事を多く手がける。テレビやラジオに出演するかたわら、トークイベントに参加するなど文化財の魅力を発信し続けている。

著書に『はじめての土偶』(2014年/世界文化社)、『にっぽん全国土偶手帖』(2015年/世界文化社)、『ときめく縄文図鑑』(2016年/山と渓谷社)、『土偶のリアル』(2017年/山川出版社)、『知られざる縄文ライフ』(2017年/誠文堂新光社)、『土偶界へようこそ―縄文の美の宇宙』(2017年/山川出版社)、共著『おもしろ謎解き『縄文』のヒミツ』(2018年/小学館)、共著『折る土偶ちゃん』(2018年/朝日出版社)がある。
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