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トピック

縄文世界の風土と人との出会いvol.5 市民と共に新しいストーリーを作り出す

コラム
縄文世界の風土と人との出会いvol.5 市民と共に新しいストーリーを作り出す



「僕は、ラヴィちゃんの一番のファンですから、その存在が知られていないのは歯痒くて仕方ないんです」

まるでお気に入りのアイドルを推すように、鋳物師屋遺跡から見つかった円錐形土偶、愛称「子宝の女神ラヴィ」について語る南アルプス市教育委員会の保阪太一さん。

保阪さんといえば、とにかく熱い人だと業界(考古学、特に縄文時代)では知られた方。次々とラヴィちゃんをPRするためのアイデアを繰り出し、周りを「あっ!」と言わせる人物である。 その保阪さんが言う。

「いろんなやり方で土偶をPRしている人たちがいるけれど、僕は、他の人のノリでは足らなかったのです。ラヴィちゃんは地域のキャラであり、縄文のキャラであり、日本全国のゆるキャラだと思っています。そして、世界共通のキャラでもあると。みんなの愛されキャラにしなきゃ、僕は満足出来なかったのです」





これには正直驚いてしまった。世界共通のキャラクターとしてラヴィちゃんを考えていたとは。
当たり前であるが「キャラクター」として売り出したいわけではない。その元である、鋳物師屋遺跡の土偶そのものをもっと多くの人に知ってもらいたいということが大前提にある。

「僕は、あいつの力を信じているから」と。





わたしも同じ感覚を持っている。特定の土偶ではないが、わたしは土偶の力を信じている。その魅力と根源的な強さ、温かさ、ユニークさは、言語を超え、国を超え、人類共通が持ちうる心の琴線に触れる力があると盲信しているところがある。魅せられた人間というのは理屈ではない。
わたしの場合は土偶全般だったが、保阪さんの場合は、鋳物師屋遺跡の土偶、そしてもうひとつ忘れてはならないのが、人体文様付有孔鍔付土器である。





土器の表面に愛らしい土偶が貼り付けられたもので、海外出張先でも人気を博すと言う。
そりゃ、そうだろう。今から5000年前に生きた人たちがあんなにユニークな土器を作っていたなんて、にわかには信じがたいだろうし、その芸術性の高さに心掴まれるのも無理はない。
それはまさしく保阪さんが言う「世界のキャラ」になる力を土器自身が持っていたことになる。
それを作り出した縄文人たちの豊かな創造性に世界の人が魅了されるのは、地元民でなくてもなんだか誇らしい。

このように、南アルプス市文化財の大宣伝担当として日夜奔走している保阪さんだが、
「極論をいえば、僕は文化財課は無くなればいいと思っています」 とただならぬ話をしてくれた。
一体これは、どういうことなのだろうか。





「事務的な業務は無くならないと思いますが、今、僕たちがやっているような文化財保護や活用の仕事を、街の人たちが当たり前に関わって共有することができればそれがいいと思っています。 「文化財は大切なんだよ」と、僕たちが必死に旗を振って啓蒙活動をしなくても、地域のみんなが自発的にやっていくことが、本来の文化財保護なんじゃないかと思うのです」





文化財は誰のためにあるのか、という議論はさまざまなところでされていて、考え方も捉え方も千差万別である。
ただ思うに、文化財行政に携わる人たちだけでこの議論をしていては本来的な意味をなさない。
文化財は、文化財課のためにあるものではないし、ましてや研究者たちだけのものでもない。その地域に暮らす人たちがその存在を認識してはじめて意味をなす。

南アルプス市の場合、ラヴィちゃんが登場したことで市民の皆さんがその存在に注目して育てようと声が上がり、行動が始まった。
これは本当に素晴らしいことだと思う。
文化財が暮らしの中に溶け込み、当たり前になり始めたということだ。

どんなに素晴らしい遺跡や遺物があっても、そこに人のエネルギーが注ぎ込まれなければ埋もれていくだけである。
今回ご紹介した遺跡や遺物も、担当者の熱い思いが注がれたからこそ改めて光を放ち出した。
その光がじわじわと地域の人、そしてより多くの人の心に届き、自分たちが暮らす地域の足元を見つめるきっかけになれば、残された遺跡や遺物、それを作り出した縄文人も喜ぶのではないだろうか。





「星降る中部高地の縄文世界」としての活動は始まったばかりである。
大きく育つためには、文化財担当者たちと市民の連携は欠かせない。きっと息の長い活動になるだろうが、市民と各担当者たちによる新しい取り組みが、次へと語るべきストーリーとなり、活動自体が文化になっていくはずだ。

「星降る中部高地の縄文世界」が、全国に先駆けてそのモデルになるのではないか。
そんなことを思いながら、旅を終えた。




南アルプス市教育委員会 文化財課 保阪太一さんと


●施設情報

南アルプス市ふるさと文化伝承館
〒400-0205 山梨県南アルプス市野牛島2727「湧暇李の里」内


●取材中に立ち寄りました!

ベーカリー ルーブル
「山梨を伝えるまちのパン屋さん」がキャッチフレーズのパン屋さん。
「子宝の女神ラヴィ」をモチーフにした「ラヴィちゃんパン」は、ラヴィちゃんの出土した鋳物師屋遺跡の土器片の調査から確認された「大豆」「小豆」を具材に入れ、早川町や南アルプス市のエゴマをほっぺたにまぶして、子供からお年寄りまで美味しく食べられるように仕上げています。
ルーブルさんは「パンを通して大地の恵みを沢山の人に届けたい」そんな思いを込めて、日々パンを焼いていらっしゃいます。
〒400-0306 山梨県南アルプス市小笠原1654-4




文筆家 譽田亜紀子(こんだあきこ)。奈良県橿原市の観音寺本馬土偶との出会いをきっかけに、各地の遺跡、博物館を訪ね歩き、土偶の研究を重ねている。また、各地の文化財をわかりやすい言葉で伝える仕事を多く手がける。テレビやラジオに出演するかたわら、トークイベントに参加するなど文化財の魅力を発信し続けている。

著書に『はじめての土偶』(2014年/世界文化社)、『にっぽん全国土偶手帖』(2015年/世界文化社)、『ときめく縄文図鑑』(2016年/山と渓谷社)、『土偶のリアル』(2017年/山川出版社)、『知られざる縄文ライフ』(2017年/誠文堂新光社)、『土偶界へようこそ―縄文の美の宇宙』(2017年/山川出版社)、共著『おもしろ謎解き『縄文』のヒミツ』(2018年/小学館)、共著『折る土偶ちゃん』(2018年/朝日出版社)がある。


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