「うちの村は縄文時代に貧乏だったのか、なんて思ってしまいます」
と、チャーミングに、そして親近感たっぷりに語ってくれたのは、原村教育委員会の佐々木潤さん。
原村は、多くの土偶が見つかっている茅野市と富士見町に挟まれた村で、見つかっているヒスイは2つ、土偶は破片を含めて50点ほど。
縄文時代の遺跡といっても土偶がひとつも見つからない遺跡もザラであることを考えれば、原村全体で50点でも十分多い。
しかし、周辺地域と比べると土偶も貴重な石も確かに少ない。だからか佐々木さんのコメントには実感がこもっている。
その代わりと言ってはなんだが、非常に興味深い土器が見つかっている。
その一つが、前尾根遺跡からほぼ完全な形で見つかった
顔面装飾付釣手土器である。
常設展示されている八ヶ岳美術館に入ると、立派なケースに土器は入れられ、すまし顔で特等席に鎮座していた。
その顔は
「よお!」と軽やかな声をかけながら、来館者を楽しげに迎えているようである。
つり上がった目、弓形型の立体的な眉毛にちょんちょんと鼻の穴があけられた顔は、縄文時代中期に八ヶ岳周辺で盛んに作られた特徴的な表現だ。
口の周りの模様は入墨だろうか。この土器を正面から見てみると、おや?これは?と思う装飾が左右に施されていることに気がつく。
この装飾、男性器に見える気がするのはわたしだけだろうか。
それが、中央の大きな穴に向かっているということは、ここに男女の和合が表現されているのではないか?などと、ひとり妄想してしまう。
わたしは常々、釣手土器の中には、女性の骨盤を象ったものがあるのではないかと考えてきた。
その骨盤の中に火を灯すという行為は、女性の体に新たな命が宿ったことを象徴するのではないか。
だから祭りの時に、皆で祈りを込めながら釣手土器の中に火を灯したとしたらどうだろう。
この顔面装飾付釣手土器にも子宝を祈る役割があったのだろうか。
「これもおすすめです」
と、佐々木さんが次に示したのは、大石遺跡から見つかった顔面装飾付深鉢形土器である。
こちらは釣手ではなく、普通の深鉢の縁に顔が付いている。
それも、涙を流しているように見える装飾まで施されている。
ところがこの表情。眺める角度によって、うっすら笑っているようにも見えるではないか。
「佐々木さん、こんなに面白い土器があったなんて知りませんでした」
というわたしに、
「そうなんです。釣手土器が目立っていますが、実はこちらもなかなか他にない土器なんですよ」
と佐々木さん。
幾何学的な区画がされた胴部に、黒曜石などの鋭い刃先を持った道具で「シュッシュッ」と美しい刻みの線で模様がつけられていて、見所満載。
出土の時には胴部の下半分が切られ、竪穴住居の炉に、顔を少し出した状態で埋められていたという。
なんとマジカルな炉なのか!
ところで原村の忘れてならない遺跡といえば国史跡阿久遺跡である。その展示も八ヶ岳美術館で見ることができた。
縄文時代前期に営まれたムラを経て、大規模な祭祀の場になった遺跡で、その特徴としては、とにかく石・石・石なのだ。原村では採取できない石をわざわざ遠方から運び込み、それを蓼科山に対してモニュメントのように立てていた。そこに板状の8つの石が直線に並ぶ。
それらは阿久遺跡のシンボルとして縄文人たちが作り上げたものだった。
これだけではない。その中で気になる展示があった。
「佐々木さん、この石の山は何ですか?」
「集石と言われるもので、ひとつの穴から見つかった石の量を再現しています」
「集石?こんなにもたくさん何のために阿久の縄文人は石を集めたんでしょう」
「それがよくわからないのですが、とにかく、ひとつの穴に200個から300個の石が詰まっていて、それが十数基集まってひとつのグループになっているようなんです。そのグループがさらに集まって見渡す限り石ばっかりの巨大な環状集石群を作り上げていました」
立石、列石、集石と、とにかく石にこだわった阿久の人々。様々な石のモニュメントは蓼科山に対する畏敬の念をあらわし、長い年月をかけてそれを皆で作り祭りをすることで、集落の絆を強める装置となったのかもしれない。
原村は一見すると地味だけれど、人の想像を掻き立てるものがたくさんある。それはすなわち、そこに暮らした縄文人のユニークさの現れなのではないだろうか。
そして、「うちの村は」と語る佐々木さんは、まるで親戚のおじさんのことを話すように縄文人のことを話す愉快な人だった。
原村教育委員会教育課文化財係の佐々木潤さんと
●施設情報
八ヶ岳美術館(原村歴史民俗資料館)
〒391-0100 長野県諏訪郡原村17217-1611
文筆家 譽田亜紀子(こんだあきこ)。奈良県橿原市の観音寺本馬土偶との出会いをきっかけに、各地の遺跡、博物館を訪ね歩き、土偶の研究を重ねている。また、各地の文化財をわかりやすい言葉で伝える仕事を多く手がける。テレビやラジオに出演するかたわら、トークイベントに参加するなど文化財の魅力を発信し続けている。
著書に『はじめての土偶』(2014年/世界文化社)、『にっぽん全国土偶手帖』(2015年/世界文化社)、『ときめく縄文図鑑』(2016年/山と渓谷社)、『土偶のリアル』(2017年/山川出版社)、『知られざる縄文ライフ』(2017年/誠文堂新光社)、『土偶界へようこそ―縄文の美の宇宙』(2017年/山川出版社)、共著『おもしろ謎解き『縄文』のヒミツ』(2018年/小学館)、共著『折る土偶ちゃん』(2018年/朝日出版社)がある。
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