facebook twitter instagram Line facebook

トピック

縄文世界の風土と人との出会いvol.3 諏訪人の心のよりどころ

コラム
縄文世界の風土と人との出会いvol.3 諏訪人の心のよりどころ



縄文時代に関して書かれた著作を見ていくと、必ずと言っていいほど藤森栄一という名前に行き当たる。
縄文好きならばご存じの方も多いことだろう。諏訪の人たちと共に郷土の先史時代を研究し、その結果を著作として後世に残した考古学者である。著作は多くの人を縄文時代研究に導き、藤森氏のような考古学者になることを夢見た考古ボーイも少なくない。
彼は諏訪市の出身で、宮崎駿の映画「となりのトトロ」のお父さんのモデルになった人物でもある。

その藤森栄一氏のコレクションや蔵書、様々な資料が納められ、諏訪市民のよりどころになっているのが、今回お邪魔した諏訪市博物館である。

館にお邪魔すると児玉利一さんと日野正祥さんが爽やかな笑顔と共に出迎えてくれた。

まずは日本遺産の構成文化財である穴場遺跡から見つかった釣手土器にご対面、と思ったのだが、わたしに視線を送る(ような気がした)土器があった。

ん?と思って近づいてみる。




それは、大ダッショ遺跡から見つかった有孔鍔付土器だった。
有孔、つまり、土器をぐるっと一周するように鍔がつけられ、そこに穴が開いているという特殊な土器である。
それも、わたしに視線を送った(ような気がした)土器には、人の顔が表面に貼り付けられていた。

なんじゃこりゃ!

一瞬にして、わたしはこの土器の虜になった。

鳩が豆鉄砲を喰らったような真ん丸お目目に丸い口。

これは縄文人流のジョークなのか?と思いたくなるような、愛嬌のある人の顔が土器に施されていた。

「児玉さん、なんですか、この土器は。面白すぎるじゃないですか」

「そうなんです。かわいいですよね」

児玉さんは爽やかな笑みを浮かべてサラリと言う。

いやこれはかなりポイントの高いしろもんなのではないか。
もっと注目されていい土器なのではないか。
たしかに研究資料としては難解だと思われるが、一般人から見ると、こんなに心を惹きつけられる土器はないのではないか。
絶対こどもたちの人気者になるはずだ。
などと思っていたら、同じ遺跡から、これまた不思議な土器が見つかっているというので見せていただく。





「これは他には見つかっていない有孔鍔付土器で、日本遺産の構成文化財になっています」

どこから見ても不思議な土器だ。
革袋を象ったと考えられているらしいが、何故それをわざわざ土器にする必要があったのか。
持ち運びを考えたなら革袋の方が軽いし柔軟性もある。
つまり、この土器は機能面を考えて作られたものではないということになる。
では、祭祀の道具ということになりそうだが、どんな願い事を叶えるために作られたのか皆目見当がつかない。

先程見た愛らしい顔が張り付いた土器とこの不思議な土器は同じ遺跡に暮らした人たちが作り出している。

大ダッショに暮らした人たちは、どんな世界観を持ちながら暮らしていたのだろう。
想像しても答えなど分かるはずもないのだが、そこを考えるのが縄文時代を楽しむ醍醐味ともいえる。
最後に、真打の穴場遺跡から見つかった釣手形土器に対面することにした。





釣手土器にもいろいろあるが、この土器ほど出土の状況がドラマチックなものもないかもしれない。
掘り出された時にこの土器は、石棒に喰らい付いているような形で埋められていた。
周りには石皿などもあったことをかんがえると、なんらかの祭祀を行い、そのまま埋められた可能性がある。
いずれにしても、出土の状況があまりに謎めいていて、わたしにとって近づき難い存在になっていた。

そしてもうひとつ、簡単に近づけない理由があった。

それは、複数の蛇が把手部分に施されているということである。

あまりにオドロオドロしいではないか。
この土器は、縄文時代の遺物の中で、個人的には群を抜いて唯ならぬ雰囲気を纏ったものだと思っている。

「蛇ですね、どう見ても」と、わたし。
「そうですね、蛇に見えますよね」と、児玉さん。

わたしは以前から、遺物の装飾を見て蛇とか猪などと簡単に言いたくないと思っていた。
へそ曲がりなのは重々承知しているが、縄文人でない限り、真実はわからないからである。
しかし、この釣手部分に施された造形は蛇だと思わざるを得ない。完敗である。





見ていて気がついたことがある。

この釣手形土器。上から覗くと、土器の内側に光の球ができる。

それがわたしにはのように見えた。卵を内包する内側に広がった世界を大切に守る蛇たち。
完全にわたしの妄想であるが、その内側に広がる陰と光の世界に、彼らの神話を見た気がした。
そんな妄想を掻き立ててくれるのも、この土器の魅力なのだと思う。
穏やかな児玉さんと日野さんが守り語り継いでいくのは、存在感抜群の雄弁な縄文の遺物だった。




(左)諏訪市教育委員会 主任・学芸員 日野正祥さん
(右)諏訪市博物館 主査・学芸員 児玉利一さん


●施設情報

諏訪市博物館
〒 392-0015 長野県諏訪市大字中洲171


●取材中に立ち寄りました!

民芸食事処 やまさや
諏訪大社上社本宮から車で1分の場所にある、信州そばやうなぎ、ご当地丼「信州みそ天丼」を味わえるお店です。信州みそ天丼」は季節の野菜、野沢菜漬けの天ぷらにとろ〜り温泉卵がのったみそ味の天丼でボリュームもたっぷりです。
〒393-0015 長野県諏訪市中洲261-1



文筆家 譽田亜紀子(こんだあきこ)。奈良県橿原市の観音寺本馬土偶との出会いをきっかけに、各地の遺跡、博物館を訪ね歩き、土偶の研究を重ねている。また、各地の文化財をわかりやすい言葉で伝える仕事を多く手がける。テレビやラジオに出演するかたわら、トークイベントに参加するなど文化財の魅力を発信し続けている。

著書に『はじめての土偶』(2014年/世界文化社)、『にっぽん全国土偶手帖』(2015年/世界文化社)、『ときめく縄文図鑑』(2016年/山と渓谷社)、『土偶のリアル』(2017年/山川出版社)、『知られざる縄文ライフ』(2017年/誠文堂新光社)、『土偶界へようこそ―縄文の美の宇宙』(2017年/山川出版社)、共著『おもしろ謎解き『縄文』のヒミツ』(2018年/小学館)、共著『折る土偶ちゃん』(2018年/朝日出版社)がある。


コラム一覧へ戻る
TOP