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トピック

縄文世界の風土と人との出会いvol.1 文化財の命はめぐる

コラム
縄文世界の風土と人との出会いvol.1 文化財の命はめぐる


「ここでの展示だと、考古学ファンとはまったく違う層に届けられるんですよ」

そう言いながら韮崎大村美術館を案内してくれたのは、韮崎市教育委員会の閏間俊明さん。取材時「縄文×美術 いのち 絵画と原始造形の美」と題して絵画と韮崎の縄文遺跡から出土した土器や土偶が同じ空間で展示されていた。





考古学の資料である土器や土偶を美的な感覚で観賞することは、今では一般的になった。また、その造形の素晴らしさにアートに携わる人たちが触発され、新たな解釈で「縄文アート」と題して作品を作り出す人たちもいる。
しかし、今回の試みはその手のものとは全く違う意味を持つ。それぞれに独立した存在でありながら、そこに「いのち」という同じテーマを見出そうとするものだった。





閏間さんは発掘現場で命の存在を感じることが多いという。

「縄文土器って、本来は食べ物を煮るという人が生きていくための道具じゃないですか。言うなれば、ただの鍋ですよね。でも、発掘で見つかる土器の中には、埋甕のように逆さになって底が抜かれて棺になっているものもある。これって土器にとっても本来の機能とは違うわけだから死を表現しているし、棺になって人の死にも関わっている。つまり、土器の役割と人間の命が重なっているんです。人間の生と死、そして、土器の生と死」





土器にも命がある。
彼はそう言いたかったのだ。実際、縄文人たちがどう思っていたか真実はわからないが、彼らが縄文土器を命あるものだとしていたならば、人と共に生き、そして役目を終えたときに、人と共に埋められるのは自然な気がする。これもひとつの命の送りの形なのかもしれないなと、閏間さんの話を聞きながら思った。





閏間さんといえば、美土偶で有名な「ミス石之坪」を取り上げた人である。まるで赤ちゃんを取り上げるように書いたが、この世界にミス石之坪を再び登場させたのは閏間さんだから、土偶のお産婆さんだと言い換えてもいい。その時の様子を語ってもらった。





「調査員さんに呼ばれて、なんの心の準備もせずに、ひょいっと手を伸ばして土偶をひっくり返して顔を見たんです。そしたらもう、その神々しさに「見てはいけないものを見てしまった」と思って、怖くなって土偶をそっと同じ場所に戻しました」
同じ場所に戻した、というところに心の動揺が見て取れる。わたしのような土偶好きからすれば大喜びする場面だと思うのだが、実際はそんな雰囲気ではないようだ。縄文時代の空気と共に埋まっていた土偶が息を吹き返す瞬間は、きっとなにか違うエネルギーに包まれているのかもしれない。それが、閏間さんの言う「神々しいもの」ということなのではないか。




とにかく、こうして閏間さんの手によって取り上げられたミス石之坪は、徐々にではあるけれど、韮崎市の人たちの手によって可愛がられ、育てられている。
ミス石之坪だけではない。表現力の塊のような縄文土器を見て、そこに心を動かされた市民の皆さんが「私たちもなにかやりたい」と、自らドングリクッキーを開発したりと活動が広がりだした。





「考古学がみんなの暮らしの中に広がってきたんだな、という実感をようやく持てるまでになりました。こうやって、縄文時代を通して、「命のやり取り」をコンセプトにしながら、地域の人たちと共に、文化財を発信していきたいですね」 と、閏間さんは母のような優しい笑顔で語ってくれた。



韮崎市教育委員会の閏間俊明さんと


●施設情報

韮崎大村美術館
〒407-0043 山梨県韮崎市神山町1830


●取材中に立ち寄りました!

野菜パンの店 ド・ドウ
美術館で販売されていた「縄文クッキー」の製造元の地元で人気のパン屋さんです。野菜が本来もつ色と味を、そのまま生かし 着色料・保存料・香料は一切使用しないパンが特徴です。
住所:〒407-0001 山梨県韮崎市藤井町駒井20701



文筆家 譽田亜紀子(こんだあきこ)。奈良県橿原市の観音寺本馬土偶との出会いをきっかけに、各地の遺跡、博物館を訪ね歩き、土偶の研究を重ねている。また、各地の文化財をわかりやすい言葉で伝える仕事を多く手がける。テレビやラジオに出演するかたわら、トークイベントに参加するなど文化財の魅力を発信し続けている。

著書に『はじめての土偶』(2014年/世界文化社)、『にっぽん全国土偶手帖』(2015年/世界文化社)、『ときめく縄文図鑑』(2016年/山と渓谷社)、『土偶のリアル』(2017年/山川出版社)、『知られざる縄文ライフ』(2017年/誠文堂新光社)、『土偶界へようこそ―縄文の美の宇宙』(2017年/山川出版社)、共著『おもしろ謎解き『縄文』のヒミツ』(2018年/小学館)、共著『折る土偶ちゃん』(2018年/朝日出版社)がある。


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