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トピック

「旅する黒曜石」Vol.3 縄文人と同じ道を歩く、梅之木遺跡

コラム
「旅する黒曜石」Vol.3 縄文人と同じ道を歩く、梅之木遺跡


標高800mほどの場所に、梅之木遺跡はある。今から5000年前にその場所に縄文人たちが居つき、500年にわたって命の営みを続けた。同時期ではないけれど、150軒ほどの環状住居跡も見つかっていて、繰り返し家を建て、人が暮らしたようだ。

ここにも金生遺跡と同じように敷石住居があるが、実用されたかどうかはわからないという。



実はこの遺跡、実験考古学的な手法で復元が行われている。まずは石斧に使う石探しから始めた。11ヶ所も回って長野県伊那市三峰川産の緑色岩を探し出し、石斧にした。それを使って森の木を切り倒し、材とした。縄文人たちがしたであろう、いや、それ以上の労力をかけ、知恵を絞り、竪穴住居が復元されている。ちなみにここの住居はクルミの樹皮を下地にして屋根を葺き、そこに土を乗せた土葺住居である。

とまあ、現代人が縄文人になりきって作り上げた竪穴住居ももちろん素晴らしいが、なんといってもここの遺跡の目玉は、縄文人が実際に使っていた道が見つかっていることだろう。

「ん?いったい、どういうこと?」
と思う人もいると思う。
これは、全国的に珍しいのだが、集落のある台地から、脇を流れる湯沢川に下りる道が見つかったのだ。

事前になんの説明もなく、トコトコと緩やかな斜面を下りていた私は、川のそばに辿り着いてその話を聞いた時には、ひどく興奮したものだ。

「なんということなんだ!私が歩いた道を、縄文人たちも歩いていたなんて。そんなことってありえるの?」

そして、そんな道を探し当てたことにも感嘆するほかなかった。その話を聞いた途端、目の前にまったく違う風景が広がる気さえした。



この遺跡は、とにかく気持ちがいい。これはもう、その場に立ってもらって感じてもらうしか、この気持ちよさを伝えるすべはないのではないかとも思う。

目の前に南アルプスの山並みが広がる。以前、建設中の復元住居の屋根に上らせてもらったとき、一気に縄文時代にワープした気がした。きっと同じように、縄文人たちもこの屋根に上って沈み行く美しい夕日を飽きることなく見つめたに違いない。

「屋根の上に上った」ただそれだけなのに、縄文人と一体になれた気がした。
梅之木遺跡には、縄文人の息吹が今でも色濃く残されている。ただその場に立つだけで、それを強く感じる本当に奇跡のような遺跡なのだ。

● 遺跡情報



梅之木遺跡
住所:〒408-2010 山梨県北杜市明野町浅尾6315
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文筆家 譽田亜紀子(こんだあきこ)。奈良県橿原市の観音寺本馬土偶との出会いをきっかけに、各地の遺跡、博物館を訪ね歩き、土偶の研究を重ねている。また、各地の文化財をわかりやすい言葉で伝える仕事を多く手がける。テレビやラジオに出演するかたわら、トークイベントに参加するなど文化財の魅力を発信し続けている。

著書に『はじめての土偶』(2014年/世界文化社)、『にっぽん全国土偶手帖』(2015年/世界文化社)、『ときめく縄文図鑑』(2016年/山と渓谷社)、『土偶のリアル』(2017年/山川出版社)、『知られざる縄文ライフ』(2017年/誠文堂新光社)、『土偶界へようこそ―縄文の美の宇宙』(2017年/山川出版社)、共著『おもしろ謎解き『縄文』のヒミツ』(2018年/小学館)、共著『折る土偶ちゃん』(2018年/朝日出版社)がある。
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